秋田簡易裁判所 事件番号不詳 判決
主文
被告人は無罪
理由
本件の起訴状によれば公訴事実を
「被告人は昭和三十三年十月五日施行の南秋田郡飯田川町町長並に同町議会議員選挙に際し同選挙区に立候補した小倉徳太郎外二十三名が同選挙に当選しうるよう激励するため昭和三十三年九月三十日近藤運蔵外一名をして同町下虻川藤島金治方小倉徳太郎候補の選挙事務所外二十三個所において同候補外二十三名の立候補者に二級清酒二升宛を配付し以て選挙運動に関し飲食物を提供したものである」
としてその罪名並に罰条を公職選挙法第二百四十三条第一号第百三十九条違反の罪としてこれが公訴の提起をせられたものである。
しかし本件につき検察官提出に係る全証拠を以てするも右訴因にいうが如き被告人が飯田川町町長並に同町議会議員選挙に際し「選挙運動に関し」て右町長並に町議会議員の各候補者全員に対して各清酒二升宛を提供したという証拠は全然ないのであるから本件公訴は犯罪の証明がないものとして無罪の言渡をしなければならないものである。即ち被告人にもつとも不利益であるべき被告人の司法警察員に対する自白調書によれば「六、……話しているうちに選挙の行われる十月五日頃は富山と東京に公用で出張して不在なのでその頃にはこれない処から当選がきまつてから、お祝にくる訳けにいかないのでこの際当選出来る様激励すると言う意味で陣中見舞として酒をくばろうと思いつきました。飯田川町は私が上井河村長をしていた当時町村合併問題でいろいろ交渉があつたし県会議員になつてからも公的な面でつながりもあり又私的にも町長や町会議員に立候補した人達の殆んど全部と親疎の別はありますが交際もあるのでこの際立候補者全員に陣中見舞を送ろうと考えました。中には殆んど交際のない人も立候補しておりますが大部分の人にくばつて一部の人にやらなくてはその人が感情的におもしろくないだろうと思つたのでくばる以上は全員にやろうと考えました……一〇、……当初は慣行である社交的儀礼として親しい間柄であると差支へないだろうと云う単純な考えから……」というのであつて毫も選挙運動に関するものと認められる証拠資料ではなく、また検察官検事に対する自供調書によるもその動機や趣旨は前同様であり「八、……二本づつ縛つて熨斗紙をかけさせてその熨斗紙に私自身筆で祈御当選斎藤正作と書きました。九、陣中見舞の意味は先程申している事以外にはありませんが従来その様な事は一般に半ば公然と行われているので私としてはそれが違反になるという様な事は全く考えませんでした」というのであつて被告人は全然犯罪意識などなく純然たる社交的儀礼意識に基いた行為であることが明白であるからこれら供述資料を以て法のいわゆる「選挙運動に関し」たものであるとの事実を証明すべき証拠と解釈するが如きことは社会通念に反するものといわなければならない。また被告人から依頼されて「祈御当選斎藤正作」と記載された熨斗紙付現物を全立候補者に提供した近藤運蔵の司法警察員に対する供述調書によれば単に「これは斎藤県議さんより頼まれて来たのだが是非当選するように云つてよこしたのだから受取つて下さいと云つて渡して歩いた」というのであり、これまた何等選挙運動に関する行動ということができない。抑選挙運動とは特定選挙につき特定人の当選を直接間接に幹旋する一切の行為を指称するものであることは夙に判例に示されるところであるが本件の如きは被告人は全立候補者の総べてに対して一律に甲乙の差異なく陣中見舞を提供したものであるからそれ自体選挙運動の体を為すものではない。殊に選挙に際し立候補者に対し「当選を祈ります」とか「頑張りなさい」などということは通常有りふれた世辞であつてこれしも選挙運動に関するものとするが如きは、いわゆる法律に事実を適用するの類に外ならないものである。
要するに本件被告人の前示所為は公職選挙法上の「寄附」としてこれが処理を受くべき性質のものであつて同法第百三十九条の問題ではない。総じて選挙に際し自己の好意をもつている候補者に対して陣中見舞として、若しくは当選祝として若干の金品を寄贈する慣習の存することは顕著な事実であり、さればこそ法は第二百条以下の規定を以てこれを取締られているのであるが本件被告人の所為は堂々「祈御当選斎藤正作」と熨斗紙に自筆して為されたものであるから同法第二百一条第一項にも触れる余地がない。この点からするも被告人の前示所為は犯罪を構成するものではない。
以上説明するところにより被告人に対しては刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をすべく、よつて主文のとおり判決する。(昭和三四年三月二六日秋田簡易裁判所)